組織論 〜ランチェスターの法則〜

先日、とある経営者の方のインタビュー映像を撮影する仕事があった。

撮影は簡単なもので、1時間程度で終わるもであったが、
本番前の技術的なトラブルで、30分程の待ち時間があった。

こちらのトラブルで、忙しい経営者の方の貴重な時間を裂く事は基本的にタブー。
だからなのか、その社長さんも顔を曇らせ、何かをメモしていた。

機嫌を損ねないように、トラブルを技術さんが解消している間に
出演者のテンションを保たせる事も、私の大切な仕事。

だが、カメラが回っていないところでの会話が、ビデオの本編にしたい程、実に面白いものであった。

「大変申し訳ありません。後30分だけお時間を頂きたいのですが」

先程までの表情とは異なり、初めてこちらに気が付いたような表情で私を見た。

「ん?…ああ、大丈夫ですよ。ごめんね、ちょっと試合のオーダーを考えていてね」
「え?」
「あなたは、野球は好き?」

そんな会話から始まり、もうすぐ60歳になる社長さんは、
既に40年以上も草野球チームで監督をしているという。
「昔はエースで4番だったっていう、自慢話かなぁ…」
という私の予想を裏切り、その社長さんは先程までの表情とは打って変わって楽しそうに続けた。
「昔は弱いチームだったんだけど、いつの頃からか急に試合に勝てるようになったんだよ」
だが話を進めていく事で、それは決して「急に」ではない事が理解できた。
その話の内容は、いかにも経営者らしい観点から見た、企業という組織と草野球チームを
照らし合わせた、実に面白い組織論と弱者の兵法(戦略)。
その中で特に印象に残ったものを以下に抜粋。




■「プロ」とは全力投球で取り組む人であり、だからこそ感動が生まれる。

「野球を遊びだからって言ってる人は、大抵仕事も出来ない人」
「野球と会社組織や人生っていうのは、私の中ではイコールなんですよ」
私の自論も同じだ。”野球道即人道”。学生時代よく言われた言葉。
大きく頷いて見せたかったが、その根拠が聞きたくなり、
なぜか?という私の問いに、社長さんは続けた。
「プライベートな事を真剣に全力で取り組めない人は、大抵仕事も片手間で終わらせるでしょ」
「野球で技術的な事は後から付いて来る。だからまず、その考え方から変えていったんですよ」
チームを結成した当初は連戦連敗。人数が足りないチームにも勝てなかったそうである。
チームの中で野球経験者はこの社長さんとピッチャーのみ。
他は昔からの友人で、野球を少しかじった事のある人達だけ。
だからこの社長さんのポジションは必然的にキャッチャー。
「試合に負けても、皆笑ってるんですよ。今日も負けちゃったって。
試合に負けた事よりも、それが本当に悔しくてね…」
この社長さんは負けず嫌いである。そして何より厳しい人である。
言葉の端々からその事が伺える。

「技術的な事って後から付いてくるでしょ?だからまず本当の意味で野球を好きになってもらう。
好きになれば、見方も変わってくる。見方が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる…」
「ヒンズー教の教えと同じですね?」
「そうそう!」
その日一番の良い表情が引き出せた。
これはヒンズー教の教えであり、星陵高校の山下監督も引用している。

心が変われば、態度が変わる。
態度が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる。
運命が変われば、人生が変わる。

「そうしたら皆の顔付きが変わった」
「試合よりも練習が必要だから1年間は試合を一切せずに、毎週練習だけを繰り返した」
「練習は基本的な事の反復だったけど、ボールを捕れない事に悔しそうな顔をしてたのを見た時に
このチームは大丈夫だと思った」
「週末の野球が何よりの楽しみで、どうしたら仕事を早く終わらせて、
家で素振りを出来るか、本気で考えてる奴もいた」
「そうしたら、営業で結果を出せたり、会社を起こして成功する奴も出て来た」
「本気で何かをやるって事の、そのやり方に気が付いたんだね」
「仕事で結果を出せた時っていうのは、自分ではなく周りにいる人間が感動できた時なんだよ」
「感動を生む仕事をする人は、本気で何かに取り組むという取り組み方を知っている人。
それがプロなんだよ」
「野球でご飯は食べていないけど、そういう意味では『プロ』野球選手の集まりなんだ」
「だから、感動させるという点で言えば、僕の中では高校野球も『プロ野球』なんだよ」
そこには企業の経営者ではなく、純粋な野球人がいた。

■組織はリーダーの力量以上には伸びない。

「これは技術的な事ではなく、思想に近い事なのかもしれない」
前置きした上で、目の前の野球人は続けた。
「組織のリーダーは、目標を組織内に明確にする事が重要」
「そして、その目標は決して低いものであってはいけない」
「目の前の1勝よりも、もっと先にある目標の方向性を示さなくてはならない」
「高い目標があり、その目標の為には中・長期で何をしなければならないのか?を考える」
「中・長期でしなくてはならない事が明確になったら、今度はもっと短期的な視点で
何をしなくてならないのか?を考える」
「その為には、今月・今日この一日をどう過ごさなくてはならないのか?」
「そして部下や同僚に、その方向性をいかに簡潔に分かりやすく示してやるかが重要」
「その為に、自分はどう変わらなければならないのか」
順序立てて考えれば、実に簡単な事である。
「わかってはいるんですけどね…」
目の前にいた私と同年代の広告会社の人間が呟いた。
その瞬間、野球人の目がチームの監督の目に変わり、そしてすぐに経営者の目に変わった。
「わかってるならどうしてやらないの?今日という一日はもう無いんだよ?」
「日々コツコツと経験やスキルを練習で貯めて、ここぞという結果を試合で出すのがプロでしょう」
「その為に僕らは、日々生きてるんだよ」
無駄に日々過ごしていてはもったいない。
顔は笑っていても、目が真剣であった事に間違いはない。

■弱者の戦略で必要なのは正攻法と奇策。


「野球で一番大切な事はなに?」
そう聞かれて、私はすぐに答えた。
「どんなスポーツでも何より大切な事は『基本』です」
すると、少し嬉しそうな表情を浮かべて社長さんは続けた。
「じゃあ、学生時代必ず練習でも試合でもしていた事は?」
キャッチボールとトスとバント。
これはこのブログでも散々書いて来たように大変重要なことである。
「僕は基本的にランナーが出ると、クリーンナップ以外にはバントのサインを出す。
手堅くランナーを進めたいからね」
「企業も同じで、自信を持って売れる根拠のある商品を正攻法で売っていく」
そこまで言うと、少し表情を変えて
「でも、時には奇策も使わないとダメなんだよ」
「相手の意表を付くこと。それは根拠も一切無い一種の『賭け』なんだけどね」
「それが成功すると、敵はとても動揺するし、何より自分たちも活気づく」
「失敗したらそれまでなんだけどね…」
すると、社長さんは例を挙げた。
「実際にあったケースなんだけど、5回で2対2の同点。ワンアウト、ランナー1・3塁。
バッターは6番の右打者でこの日は全打席内野ゴロ。この時君が監督ならどうする?」
どうしても1点が欲しい場面。勝ち越して、チームを活気づけたい。
内野ゴロが多いという事で、犠牲フライは少ない可能性と判断し、僕は余り考えずに答えた。
「カウントを見て、スクイズのサインを出します」
高校野球を見ている人なら分かると思うが、こういった場面によくあるセオリー。
もちろんノンプロでもプロ野球でも見られる場面。
「普通はそうかもしれない。でも僕はそこで『掛け』に出た」
「『エンドラン』のサインを出してみた」
普通この場面では出さないサインである。
なぜならエンドランは基本的にゴロを転がすのがセオリー。内野ゴロでのゲッツーが怖いからである。
ただ、私は少し頷ける気もした。
このチームは「ランナーが出たらバント」という手堅い『正攻法』で攻めて来るチーム。
そういう考えが守っている野手にもあるからこそ、こういった『奇策』が通用するのではないかと。
「これが成功して、暴投とか守備の乱れでその試合は勝ったんだ」
「もう怖くて、今はそんなサイン出せないけど」
確実性のある正攻法と一種の賭けである奇策の組み合わせ。
確かに零細企業の企業戦略から見ても、弱者の戦略からすれば必要な事なのではないか。

■叱ってくさるようではダメ。遠慮していてはダメ。

「最近の若い人は、怒られる事に慣れてないような気がする」
「叱咤と怒られる事を同じに捉えている」
「プライドばかり高くて、指摘するとすぐにしょげてしまう」
「そして、それ以降目立った行動を起こさなくなり、他の人の行動や視線ばかり気にして
遠慮してしまう」
「叱られて、怒鳴られて、それでも成功してやるっていうくらいのハングリー精神が必要」
「人に遠慮していては、いつまで経っても自分がほしいポジションなんて手に入らないじゃない」
「やりたい仕事があるんだったら、自分で取りに行くのが普通でしょ?」
「血を吐くくらいの努力をしてもいないのに、自分のやりたい事ができるなんて事はない」
「与えられる保障なんて何もないんだから」
これには無条件で同意出来た。

■大人は「諦める」ことを知ってしまっている(自分の限界)。


話が少し逸れて、子供の頃の夢の話になった。
「小さい頃何になりたかった?」
そんな漠然とした質問に私は答えた。
「絵が好きだったんで、絵描きになりたかったです。ただ、大人になるにつれて、
歴史に興味が沸いたので、余裕があれば考古学をやってみたかったです。
ただあれは、とてもお金が掛かるので…」
そこまで言うと、社長さんは残念そうに答えた。
「大人は『諦める』ことを覚えちゃうんだよね」
「小さい頃の夢はとてつもなく大きなものだったのに、大人になり人格が形成されるにつれて
現実が見えてきて、色々な事情がその夢を邪魔する」
「そして、『諦める』事に慣れてしてまって、身近な事でも簡単に諦めてしまう」
「そうやって自分の限界を自分で作ってしまって、すぐ言い訳をする」
「体力の限界、才能の限界、置かれた環境の限界…」
「自分の限界なんて、まず行動してみなければ分からない」
「失敗を何度も繰り返して、そこで始めて限界を口にするのは良いけど、
その頃にはもう最初に作った限界点なんてとっくに越えてるもんだよ」
「そもそも限界なんてものに線引きする事が間違ってる」
確かにそうだ。
限界なんて誰にも分からない。分からないから挑戦につながっていくんだ。
壁に一回ぶち当たって、それで辞めてしまっては確かにもったいない。

■「計画・確認・実行」の大切さ。


「社会人なら仕事も野球も一緒」
「まずは計画を立て、その計画に基づいて進める。そして、皆でその計画が正しいかを確認する。
そして実際にそれを実行する」
「チームの守備時にピンチになる。その時に練習で行ってきた連携の計画を立てる。
マウンドに集まって連携等を内野陣で確認する。そして、それを実行する」
「一人が分かっていてもダメ。皆で共有して確認しなくては」
「じゃないと実行なんて出来ない」
こういったケースは多々ある。特にランナーがスコアリングポジションにいる時は。
その時にきちんと確認できているか?やりたい事を実行する為にはどうすれば良いか?
常に声やサイン等で確認し合わなければならない。

■困ったときに頼れるのは自分。


「チームの皆は確かに応援してくれる。励ましてもくれるし、叱咤もしてくれる」
「でも、結局どうにかするのは自分自身」
「対応できるまでの自信があるか?その自信に裏付けされる根拠は何か?」
「経験なのか?練習量なのか?」
「本当に自信なのか?慢心や過信ではないのか?」
「他人が何とかしてくれるではなく、自分で決めてやるという気持ちが何よりも重要」
「それが出来た時に、さらなるステップアップが見込める」
確かに野球はチームスポーツ。ただ打席に立っている時、守備時にボールが飛んで来た時には
自分一人で対応しなければならない。
それまで頑張ってきたと胸を張って言えるものはあるか?
手の皮が剥けるまで素振りをしたのか?立てなくなるほどノックを受けたか?
そういった裏付けが自分の中の自信にあるか?
とても重要な事だと思えた。
もっともっと話していたかったが、機材のセッティングが終わり本番の時が来た。
カメラが回り、先程の野球人としての表情が消え、経営者の威厳と自信に満ちた表情に変わっている。
クライアントは満足そうな顔。仕事としては確実に成功と言えるだろう。
ただ何より悔やまれるのは、先程までの会話を記録できなかった事であり、
そして、楽しそうに野球について語ってくれた草野球チームの名監督としての表情で、
私はテープに残しておきたかった。

 

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